ロボットのための皮膚の研究


研究の動機と背景

動物や人間は、体のどこを触られても、ちゃんとわかることができる。また、そ の手や指先は、すべりやすい物や柔らかい物でも器用にあやつることができる。 これは皮膚に分布した触覚のためである。この皮膚は動物にとって非常に基本的 なものであるにもかかわらず、ロボットにはなかなか塔載されないのが現状であ る。ロボットの重要なセンサである視覚、聴覚、力覚、触覚のうち、触覚デバイ スだけはロボット研究に手軽に応用できるものが少ない。柔軟で、実装しやすい ロボット用の触覚デバイスの開発が望まれている。

本研究室では、指先に応用するための音響共鳴型テンソルセルセンサ、MEMS技術 を応用した柔軟な触覚センサ、そしてロボットの全身に分布するための柔軟セン サシステムの研究を行なっている。以下はそれぞれの紹介である。


音響共鳴型テンソルセル触覚センサ(ARTC)によるすべり予知把持

篠田ら[5]が提案したARTCは、弾性体の応力状態を計測することで接触物体の形 状などさまざまな情報を得ることができる。また、その応力状態から人間の指の 不思議な特性であるすべりの予知を行うことが篠田らによって提案されている。

本研究室では、この提案に基づき、実際のロボットハンドにこのARTCをとりつけ て、すべり予知量をフィードバックすることで滑らない把持を実現する研究を行 なっている。イメージする実験は図1のように、手で物を持ったとき、たとえば 負荷が変動してもすべりおちない制御を実現することである。

試作したロボットハンドとARTCセンサを図2,3に示す。ロボットハンドは人さし 指, 親指に各3自由度, 中・薬・小指及び手首に各1自由度ずつの計10 自由度に した(図\ref{fig:hand}左). 重量・サイズを減らす為にプーリを使わないでワイ ヤをガイド部で滑らすようにし, 不必要な自由度は削り, さらに拮抗筋の側には ゴムを用いた. 実際に手首と人さし指の自由度を1つずつ削った8自由度のもの を作り図\ref{fig:hand}右に示すようなハンドができあがった. 大きさは手首か ら中指の先まで19.3[cm]で成人男性とほぼ同サイズになり, 重さは800[g](電源 は除く)となった.

ARTCユニットはPVDFフィルムを用いた小型超音波発振子であり、発振周波数は可 変である。これらを用いたロボットハンドによる把持実験を現在試行中である。

図1 試作したロボットハンド 図2 製作したARTCユニット


薄膜LCトラップ回路による柔軟な触覚センサ[6][7]

この研究では,マイクロマシーニングで平面スパイラルコイルと薄膜キャパシタ を柔軟構造の一部となるように製作し,それをアレイ状にならべて触覚センシ ングユニットを構築した.柔軟構造への圧力により,コイルが容易に変形し, その結果インダクタンスが変化するため,これを触覚センサとして用いること ができる.柔軟構造を押すことにより,うず巻き状配線が外側へ押し広げられ, その内部を貫く磁束が増加する.すなわちインダクタンスは増加する. コイ ルのインダクタンスの変化をセンシングするため,各々のコイルは1枚の薄膜 キャパシタと組み合わせて,特定の周波数入力に対し顕著な減衰をもたらす回 路(トラップ回路)を構成させている.触覚センシングユニットの等価回路は, 直列共振トラップ回路の直列接続となっている.回路に周波数入力を与え,そ の減衰周波数の周波数偏移を測定することにより,インダクタンスの変化をは かる.一個一個のコイルは1本の導線で直列に接続され,グラウンドラインと あわせると2本の線だけでそれぞれのコイルのインダクタンスの変化を読みと ることができる.

センサユニットは,ポリイミド2層(絶縁層と誘電体層),銅2層(巻線と電 極・配線),そして全体を保護するシリコンゴム層からなっている.  現在, コイルとキャパシタのが平面構造になっているものと,コイルが直立している (3次元)ものの2種類を試作している.3次元構造にすることにより,感度 をさらに上げ,空間的分解能を向上させ,さらに周囲の環境との静電的・電磁 的結合を減少させることができる.しかしコイルが直立しているものについて は強度不足とインダクタンスの変化幅が小さいという欠点がある.図1--4に, 平面構造モデルと直立モデルの構造図と写真を示す.

  
図1 平面構造センサユニット構造図    図2 平面構造センサユニット写真
  
図3 直立構造センサユニット構造図    図4 直立構造センサユニット写真


ロボット全身に分布可能な触覚センサの研究

ロボット用の触覚センサの研究は主に指や手の一部分に配置する研究が大半を占 めている。これに対し、ロボットの体表面の広い範囲を覆う触覚センサと、その システム化が重要になってくると考えている。

このテーマは、全身型ロボットの広い表面に触覚センサを分布し、触覚センサシ ステムの実現の一つの回答をあたえるものである。それは、ロボット表面に求め られる性質を備えた触覚センサの開発と、多種類の触覚センサのシステム化の両 方を視野にいれたものでなければならない。

本研究では以下の2種類の触覚センサを提案し、実際のロボット上にシステム化 した。それぞれのセンサは、ロボットの広い表面を覆うための特性を備えており、 統一した方法でアクセスできるようにモジュール化されているのが特徴である。 以下にそれぞれのセンサと、システムの概要を示す。

多値接触センサ[1]

多数の接触スイッチを配列させたものは、ロボットを広く覆う触覚要素として実 装しやすく有用であるが、得られる情報が「接触あり」「接触なし」の2種類と 限られ、スイッチの入る圧力の閾値も設定しにくい。 筆者らはスイッチの入る圧力閾値を複数備えた多値接触センサを提案し、ロボッ トに実装可能なモジュールを構成した。下図にその構造を示す。

図2 多値接触センサの構造 図3 試作した多値接触センサ

導電性ゲル触覚センサ[2]

ロボットへの応用においては、触覚センサの表面が柔軟性を持っていることが重 要である。また、実装の点からは、表面だけでなくセンサ自体が柔軟であること が望まれる。筆者らは、表面の接触圧力をセンシングしながら動作し、表面の柔 軟性も備えたロボットの実現のために、非常に柔らかい導電性素材であるハイド ロゲルを用いて触覚センサを構成することを考案した。

導電性ゲル触覚センサの原理 圧力-抵抗値の関係

導電性ゲル触覚センサ(3×3点の測 定点を持つ)と駆動 回路

導電性ゲルのシートを抵抗体として電極の間に挟む。接触によりシートが変形し たときの、電極間抵抗の変化を測定している。電極交点をマルチプレクサによ り走査して測定しているため、多数の測定点を少ない配線量で測定できる。ま た走査はシリアルバスを備えたワンチップマイコンにより行なっており、ロボッ トの各部に容易に分布できるシステムとなっている。

ロボットへの応用 [3][4]

これらのセンサを上半身人間型ロボット「H4」に塔載し、触覚を用いた接触の回 避、物体位置の知覚などへの応用例を示した。H4の胴体部に多値接触センサ、両 腕リンク部分に導電性ゲル触覚センサを実装した。


触覚センサを備えたロボットH4と H4のシステム構成


参考文献

[1] ロボット表面多値接触センサの開発と応用
    ロボティクスメカトロニクス講演会'98講演論文集(1CI1-2)
    陰山 竜介,長嶋 功一,近野 敦,稲葉 雅幸,井上 博允    

[2] 導電性ゲルを用いたロボット用柔軟触覚センサの開発と応用
    第16回日本ロボット学会学術講演会 講演論文集(pp873-874)
    陰山 竜介,加賀美 聡,稲葉 雅幸,井上 博允

[3] 柔軟な分布型触覚センサシステムとロボットの動作制御への応用
    ロボティクスメカトロニクス講演会'99講演論文集(1P1-67-097)
    陰山 竜介,加賀美 聡,稲葉 雅幸,井上 博允    

[4] Development of Soft and Distributed Tactile Sensors 
      and the Application to a Humanoid Robot, 
    Proceedings of IEEE International Conference 
       on Systems, Man, and Cybernetics,1999,Tokyo(vol 2,p981-986)
    Ryosuke KAGEYAMA,Satoshi KAGAMI,Masayuki INABA,Hirochika INOUE
    
[5] 音響共鳴型テンソルセルによる高度触覚センシング
    第15回日本ロボット学会学術講演会 講演論文集
    篠田裕之,松本賢一,中島孝,箱崎光弘,杉本裕喜

[6] 皮膚型センサへの応用をめざした薄膜可変フィルタ
    ロボティクスメカトロニクス講演会'99講演論文集
    二井信行,安田隆,稲葉雅幸,下山勲,井上博允

[7] A Soft Tactile Sensor with Films of LC Resonance Traps 
    Nobuyuki FUTAI, Takashi YASUDA, Masayuki INABA, 
    Isao SHIMOYAMA and Hirochika INOUE
    Proceedings of the 9th International Conference 
    On Advanced Robotics('99 ICAR), Tokyo, Japan, 1999


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2000.4.5